大河ドラマの関係で、1192年鎌倉幕府と覚えているおじさん達、というからかいのツイートがありました。私、40年前に日本史勉強した紛う事なきおっさん(よりもじいさんより)なのですが、高校の日本史教師は 1185年説の人でしたので、おっさんなら1192年 って訳じゃ無いよといいたいのです。
高校の日本史の先生、着任した途端に挨拶代わりの試験を出すようなお方だったのですが、それが日本という国はいつ成立したのか理由を付けて論ぜよ、ってものでした。当時、建国記念の日で揉めていた時期でしたのでね。
理由を付けて、と言われると、神武天皇から、戦後の独立回復まで、何処でも成立した、って言えちゃうわけですよ。悩んで、そんなレポートを書いたら、妙に気に入られまして、随分と色々な話を(授業外でも)聞いたものです。
でながら、大学受験理系行ったので、残念がられましたが。
でもって鎌倉幕府の成立。これもなにを以って成立と見做すかで成立時期が変わってしまうの訳です。イベントとしては、関東独立政権ができたところ、平家を倒したところ、奥州藤原家を倒したところ、といくらでも想定できてしまうのです。
1185年説は、全国の地頭に対する管轄権が渡された時、ですね。公式にはこれで全国の武士のトップに立った訳で、これを以って政権が確立した、考えるようです。すくなくとも征夷将軍任命よりは意味のあるイベントですね。
ウイキペディアで、こういうの調べたら、一番遅い時期に想定しているので承久の乱まで下げている説もあるようですね。なるほど、鎌倉政権が京都政権の上に立った時ですか。そういう視点で言うと、蜂起から承久の乱まで連続して権力を奪っていったんだ、というのが一番の説明かもしれません。